20年前のリングマガジン誌PFPランキング

20年前のリングマガジン誌PFPランキング


“モンスター”井上尚弥の出現で日本でもPFPランキングが身近になっている。PFPと言えばリングマガジンだ。そもそもパウンド・フォー・パウンドという言葉を作ったのが、リング誌の初代編集長ナット・フライシャーさんだからね。偉そうに書きましたがWikipediaで調べましたw

 

 

モンスターのPFPキング戴冠も見えてきた絶妙なタイミングで20年前の2000年PFPランキングが載っているリングマガジン誌が私のもとに送られてきた。

 

 

送り主は私のボクシング道の師匠の1人であり、、超絶ボクシングマニアのDr.山田さんだ!

Dr.山田のYouTubeで見られるボクシング試合ベスト5プラスα

デラホーヤが表紙のやつー!!資料整理&断捨離していて、もう手放してもいいかなというグッズが山ほど出てきたから知り合いに配っているそうです。で、デラさんならコレだなというものを送ってくれたのです!!好みドンピシャです!!

 

 

 

数々のドラマを作ってきたデラホーヤ返しの左フック炸裂…

FIGHT OF THE MILLENNIUM

September 18, 1999

デラホーヤ×トリニダードのポスターも同梱されているやないかーい!!試合が決定したときの興奮度ではこれまでの生涯ベストなぐらい燃えた試合だ!!4階級制覇、31戦全勝25KO×35戦全勝30KO、世界タイトル14回防衛中の両者が激突、無敗対決だったからねー!!試合内容はイマイチだったけど。。

 

 

 

話を戻そう…。送られてきたRING誌に

WHO’S THE NEXT POUND-FOR POUND KING?

と題して、2020年10月のランキングが載っているのだ。

 

 

発表します!

  1. “Sugar” シェーン・モズリー🇺🇸

  2. “Superman” ロイ・ジョーンズ🇺🇸
  3. “TITO” フェリックス・トリニダード🇵🇷
  4. “Golden Boy” オスカー・デラホーヤ
  5. “Chico” ディエゴ・コラレス
  6. “Prince” ナジーム・ハメド
  7. “Pretty Boy” フロイド・メイウェザー
  8. “El Terrible” エリック・モラレス
  9. “Ferocious” フェルナンド・バルガス
  10. “The Lion” レノックス・ルイス

 

おぉー!シュガーシェーンがキングか!!1人づつBoxRecを眺めながら2000年前後を振り返る。モズリーはライト級で無敵状態から階級アップで2000年6月にデラホーヤのウェルター級王座に挑戦して勝っちゃったんですよねー😭ジョー小泉さんがモズレーって呼んでた頃でもあるなw ロイは天才っぷりを発揮してた頃。ライバルいない時期でもあるか。ティトは前年に先ほどのポスターの世紀の一戦に勝利しているからTOP3入りは分かる…。デラはビッグマッチでティトとモズに敗れて勢いを失い心配したな。リング誌のキャッチも「オスカーはまだ終わってない」だもんね。コラレスはメイウェザーと戦うまで33戦全勝27KO。好戦的なファイトスタイルで好きだった〜。ハメドはド派手な入場と唯一無二のトリッキースタイルからの豪快な倒しっぷりが最高だった!メイはプリチーボーイの頃ですな。翌年1月に5位のChicoコラレスと王座統一戦で快勝。スピードが異次元でメイのベストバウトに挙げる人も多い試合だ。モラレスとバレラの第1戦は2010年2月なので、あの大接戦の勝敗が逆だったらバレラがランクインしてたのかな。バルガスはこのランキングの2ヵ月後に3位のトリニダードと統一戦をするんですねぇ。最高のヒール役でしたよね。ティトとやるまで20戦全勝18KO、こちらは試合内容もエキサイティングだった!村田諒太が何回も見たって興奮するほどだからね。ルイスは前年にイベンダー・ホリフィールドとの統一戦でWBC.WBA.IBF.IBOの変則4団体統一王者になって無双してた頃。大きくてリーチ長くて、ヘビー級大型化時代到来だったのかも。数年後にロシア勢の台頭でヘビー級がノーエキサイティング時代になるし。

 

 

私はデラホーヤの無敗が途絶え輝きが少し曇ったこの頃に全日本キックの小林聡、コロシアム2000で魔裟斗にハマりキックボクシング、K-1 MAXに浮気するんですねぇ。。

 

 

2000年にタイムスリップしたような懐かしい心地の良い気持ちになりました。Dr.山田さん、素敵な贈り物をありがとうございます。額に入れて飾ります!

 

 

 

モズリー1位記念ブログ

デラ式ボクサー視力検査

くだらねー。。

 

 

 

書いてて楽しかった。では、また!




20年前のリングマガジン誌PFPランキング” への4件のフィードバック

  1. どこまで覚えている人いるか知らないが、
    デラホーヤがガッディと戦った時に
    「彼はタフなイタリアンだった」
    と発言したことがありました。
    デラホーヤは、自身がメキシカンの血を引いていることもあって、相手のルーツに敬意を払う部分もあったように思います。

    そういう視点では、全盛期はかなり多国籍と戦ってますよね。ケニアのカマウや、スペインのカスティリェホ、コスタリカのマヨルガ、ガーナのクォーティー、プエルトリコのティト等々

    試合毎に話題を振りまく本物のスターでしたね。
    2000年前後楽しませてもらいましたよね。
    復帰はしないで欲しいな。レナードに、なって欲しくない。

    1. ガッティのときのコメント忘れていました。貴重な情報ありがとうございます。
      デラホーヤは周りのライバルにも光を照らすことができるスーパースターだったと思います。
      私も復帰は、、見たくないです。。エキシビションで我慢して欲しいですよね〜。

  2. 『FIGHT OF THE MILLENNIUM』懐かしすぎる!
    この試合、ソコソコ日本のニュースにも取り上げられてましたし、スポーツ紙のトップを勝利したトリニダードが飾っていたのが、印象に残っています。

    当時もボクシングがそこまで取り上げられることは無かったし、しかもトリニダードは殆どの日本人にとって知らない人。タイソン、タイガー・ウッズ、マイケル・ジョーダンのアメリカ人アスリートは、別格的に日本のスポーツ紙でもしばしば1面を飾っていましたが、コレには嬉しい驚きがありました。
    デラさん的には失意とともにご覧になったかもしれませんが……(笑)

    1. 失意のどん底でした…。笑
      なのでスポーツ紙も見なかったような。ティトで一面は貴重ですね!デラがあの試合を好戦的に戦って勝利していたら、もう一段上のレジェンドになっていたでしょうね〜。それでも全盛期同士で実現したのは本当にワクワクしたので良い思い出です。

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